実力に比例しての感覚の鈍さはまさにタイタニック

日々誌 7月16日 極めて純情であるが純情である故に仲間(雲)が離れていってしまった晴れ。
担当者:リバース

 昨夜の「ぶたい」は練習時間を十分に取れなかった事もあり、満足できる結果とは言えたものではなかったが、16体の中、結果を気にかけていた者は皆無。
 端から見れば、そんなの陽気で不真面目なのだが、ここは新球は褒めて伸ばし、練習への参加は任意だ。元々不真面目で陽気な集団なのだ。
 そんなへんちくりんな劇団でも「地上一番の劇団」なんていわれてしまったものだから困る。団員の仲が無駄に良いのは認めよう。練習は毎日全員参加している程だからな。学生さんにはよくある、「顧問の先生が嫌いだー」とか「嫌な先輩or後輩がいるー」とかがないからな。
 だが、昨夜の「ぶたい」はなんだか上の空だった。原因を布団に入ってから寝るまでの時間で考えようとしたが、そんな原因など考える前から決まっていた。
 なんてったって、夏季休暇だしな。わかりやすく言うと夏休み。みんなだいすきなつやすみ。しかも家庭課題がない! 社会球だし、テントに住み込みだし。こんなに良い夏休み、上の空にならないとビぃえデぃットじゃない!


7月17日  午前8時30分  リバースの部屋

 俺は几帳面というわけではないが、球前に出る前に必ず身支度を済ませてから出て行きたい。別に生まれたときからそうなのではなく、5年前、俺が14の時だったなぁ。きっかけがあったわけだよ。
 誰かに言い訳するように過去の事を振り返り、身支度を済ませたら、俺は指導室に真っ直ぐ向かった。
 ちなみに、「真っ直ぐ」というのは比喩表現だとかそういうものではない。本当に俺の部屋を出て真っ直ぐなのだ。そんなに指導されるべき球なのか? 危険球か? 危険球だから退場か?
 冗談。団長は俺だから、指導される必要はない。俺が団長ではなかったとしてもビぃえデぃットだ。指導なんてしない。ん、そういえば1回だけしたことがあったな。そいつはもういないが。
 どっちにしろ、指導室に入ったら抹茶入り玄米茶の香りが入ってくるだろう。早く入ってその香りを楽しもうではないか。
 扉が重い音を立てて開いた。
 その時、早速抹茶入り玄米茶の鼻になっていた俺は部屋に充満した悪臭にわざと音を立てて崩れ落ちた。
 紅茶だ。あらゆる球の汗の臭いを遥かに凌駕する悪臭と創作性を重視しすぎたあまりに実用性と需要が著しく欠けてしまった汁。汁なんてものでもないかもしれない。良い表現が見つからない。俺はとにかく悶絶する。
「あら、リバース。おはようございます。」
 そんな俺の気も知らずにアミはご丁寧に挨拶なんて勝手に交わしてくれた。
「んん〜、んぐんんぅー」
 ただ俺は混乱のあまりまともに口をきけない。自分でも何を言っているか、何を言いたいのかわからなかった。
「? ああー」
 俺の異常を察知したのか、アミは一瞬不思議そうな顔をして、すぐ無邪気なような、挑発的なような笑みに戻った。
「ランティスが言っていたことは本当だったのですねぇ。」
 何を言っているのだ? 混乱しくさった頭ではもう何も考えられない。
「愉快愉快、このままにしておきたいけれど、死んでしまいますねー」
「んががが!?」
 アミは部屋の入り口でずっと悶絶していた俺を心底楽しそうに笑いながら俺の口を軸に廊下に引っ張り出した。俺を差し置いて楽しそうなのは少し癪に障るが、助けてもらったのでまあよしとしようじゃないか。でも口を引っ張ったのは許せん! 知っていながら紅茶を淹れたのは更に許せない。
 口を引っ張られた所為で最後まで息が出来なかった俺はアミの手が離されると必死に体を上下上下。急いで息をした所為で噎せた。上下上下上下。また更に上下。
 暫くすると、俺の上下運動がだんだんと治まってきた。息を数回ついて、さっきの事を思い出し、アミに疑問をぶつける。
「ランティスから何を聞いた。」
 俺が上下運動を繰り返すうちに消えかかっていた笑みがアミに再び浮かんだ。
「リバース、貴方紅茶が嫌いだったのですねぇ」
「ありまーあーあ。」
 俺は食べ物の好き嫌いは全くない。だから8歳の時自分が紅茶が嫌いな事を発見したときはかなりショックだった。なんでも俺は出されたものはなんでも口に受け入たい性分で、食欲がなくとも3度の飯だけは抜かなかったし残さなかった。何度も直そうと努力をしたが、直そうとするたびにどんどん駄目になっていく。もう今では部屋の中にあるだけでもさっきのようになってしまう。
 俺は嫌いな物がある自分が恥ずかしくて恥ずかしくて、この事は心を許しきったパリエとランティスにしか言っていない。
 パリエとランティスはビぃえデぃットを創った当時からいたメンバーだ。
 ビぃえデぃットは俺が11歳の時に開いたもんだから当然二体とも年上で、今はパリエは26、ランティスは36になる。二体とも上の兄弟のような存在で、俺を弟のように接してくれた。一体っ子の俺にはとても心地良い環境だった。
 パリエは淑やかな性格で、役柄も穏やかだ。よく紅茶嫌いを直すときも協力してくれた。パリエには心底感謝しなくてはならない。
 だがランティス。ランティスは年長者の癖して年相応の「おとなっぽさ」ってやつがない。今も昔もだ。でもすごく頼りになるときもある。俺の気持ちをいつも察してくれるのだ。俺がそのことを上手く表現できない事が一番悔しい。
 そんなランティスが俺の知られたくない事実をアミに口外したのだ。
 まぁ、そんなことは、同じ照明兼役者であるアミとクイには話すつもりだったのだが。
 あ、俺がアミとクイに話すつもりだということを察してくれていたのか。
 いつかアミが知らずに紅茶を入れてしまうだろうしな。
「うむ、まぁいいであろう。アミ、折角用意してくれたところ悪いが、紅茶を下げて、まっちゅい……」
「抹茶入り玄米茶。ですね?了解です。紅茶は私の懐にしまわせていただきます。」
「……うむ。」
 駄目だこりゃ。夜にでも抹茶入り玄米茶を噛まないようにしておかないとなー……。

→next

修正は無いとは思います。
オリカビ要素。
inserted by FC2 system